浮舟庵避難日記  走って走って1500キロ+420キロ の巻

故郷に

      香る潮風  懐かしき

                 一夜吹かれる  浮浪雲




 先月末から今月初めにかけ、子供達が夏休みに入った事も

あり、今では遠いとこに住む姪っ子や、その母親(私の妹ですけど)、

ペットのワンちゃんを迎えに、福島を2往復しました

ペットのワンちゃんは、元警戒区域の自宅に連れて行く度、一目散に

いるはずのない親父のベッドに駆け寄り覗いて、いないと解ると

今度は台所に走ってババを探していたので、今回を逃せば、今度は

いつ連れて来られるか解らないので、姪っ子達の部活諸々の

予定を合わせて、迎えに行って来たと云う訳です。

その結果が2往復で、走りも走って1500キロとなったんですけどね

でも、行ってきて良かった。 みんなが揃って

久しぶりに賑やかな夕食になって、二親共 これまた久しぶりに見る笑顔で

孫それぞれと話するのに忙しそうでした

ワンちゃんも、1年ぶりに逢う爺婆にはしゃぎ廻って、毛をまき散らして

いました

 家の様子は、開けた途端 モワ~~~~~とした暑い空気に迎えられ

臭いも、言い表せられない様な 例えば 畳が腐った様な、淀んだ空気の

臭いでした。これが1年半前まで住んでいた家かと、帰る度

感じていた事ですが、帰る度臭いもきつくなってます。

荷物の整理をしている間、家も教室も窓を開け放ってしばらくいたんですけど、

1年以上締切でいたんで、その臭いも空気も取れる事はありませんでした。

 そして今週の月曜日には、いわきに新盆のお線香あげに行ってきました。

事故前なら、伯母の家に寄って煮物を食べて(この伯母の煮物は、具材も

味付けも私好みで最高だったんです)、別の伯母宅では車一杯の野菜を

貰っていたんですけど、今はもう煮物の伯母は宮城にいるし、

野菜の伯母宅は原発のすぐ近くで長期間住む事は出来ません


いえ、煮物や野菜はいいんですけど(ホントは良くない)、我が人生の中で、

こんなにも生活スタイルが変わるとは思わなかったし、高速を走りまわってる

自分がそこにいるのに、まだまだ遊び感覚でドライブしている感じの自分も

いたんですよね。



 避難者のほとんどが、地元の様子を気にしながら定住先も決められず、

故郷へ帰る希望と共に、将来の不安を抱えながらの生活をして、

多分皆さん 私と同じような感じだと思うんですけど、

現実として受け入れられるのはいつになる事でしょう



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