浮舟庵避難日記  1年ぶりの故郷とこれが現実  の巻

Ryoパパさん、お久しぶりです。

まだまだ親子離れ離れの生活をしている人が多い中、奥さんや

子供さんと一緒の生活になって、ホントに良かったです

娘さんや息子さんも元気一杯、溢れるばかりの笑顔でしょうね

出来る事なら、私も早く逢いたいですよ。 他の生徒さんも皆元気で

いる様だし良かったです


私も6日と7日で帰ってきましたけど・・・・・

私の場合、1年ぶりの故郷でしたが、街に入ってもしばらくの間は

言葉も出ず、目の前にある現実を受け入れるだけで精一杯でした。

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これは国道付近から海方向見た風景ですけど、パパさんはご存じながら、

読者の方に説明させて頂くと、東風が吹かないと普段はここまで

潮の香りはしないんですが、車を降りた途端 潮の香りがプ~ンと

して、エッと思ったら、なんと足元の水は海水で、引かないまま って

云うか、地盤沈下もあって津波で寄った海水がそのまま残ってる訳です。

次はわが町の銀座通り いや 商店街ですけど、誰もいない 声一つない

風景は不気味そのものです。マジ怖いくらいの風景です。

奥に見える山の緑や、空の青は1年前と変わらず、そこだけ見れば

う~んと平和そのもの、何もなかったようでした

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我が家もこの通り、ペンペン草が生えて廃墟です。

たった1年前まで住んでいたんですがね~。

逆に、1年住んでいなかっただけでこんなにも朽ちるんですね。

中は雨漏りで天井は落ちかけ、畳はフワフワです。

他にも写真は撮って来たんですが、とても親には見せられない物

ばかりです。

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ただ一つホッとしたのが、生徒皆さんで成長を観察してくれた、

金魚とメダカが元気で泳いでいてくれた事でした



原発事故がなければ、家の補修だって出来ただろうに・・・。

町全体の除染が終わる予定は2年、一応1年間は住めませんが、果たして

こんな町が再び活気づく日が来るのでしょうか


原発で町は潤いましたが、いざ事故があると、これが現実なんです。

私たちの地域は3年後位には多分、多分ですけど帰れるはずですが、

果たしてどの位の方が帰って来るか・・・・・。

来月には市役所の手続きの関係で又帰る予定です。









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