浮舟庵避難日記      副庵主 地元へ帰る

避難後 何回目の帰郷になるか・・・・・、28~29日かけて、妹が

地元に(と云っても、妹宅は20㌔圏外)帰る事になっていたので、

荷物を積み、妹と副庵主を乗せて行ってきました。 

圏外とは言っても、やはり南相馬市だから、放射能の心配は

ありますが、色々事情があって仕方ないんですけどね

途中の計画的避難区域は今月初めに帰った時より、勿論草は伸び

家ゞはもうずっと人が住んでない雰囲気が漂っていました。

避難が終わって、まだそれ程時間は経っていないのに、こんなに

早く生活感ってなくなるもんなんですね。 我が家の方が、出てから

時間が経っているから、どうなっているものか・・・・・。屋根の

補修もしてなかったし。

で、途中のコンビニで休憩した時の副庵主の様子です。

画像


彼女はいつでも助手席に陣取り、立ちあがって周りを見たり、

顔を出して匂いを確認したりしています。

う~ん、この表情は「おじちゃん、お家は遠いね」と言っているのか、

はたまた「疲れてな~い?」と言ってる様に感じますけど・・・。

 妹宅も約1カ月前に帰って空気の入れ替えをしたというのに、

やっぱり淀んだ空気に溢れていました。

 用足しの途中で逢った人の話では、予定通り原発が収まったとしても、

ライフラインの復旧までは3年位かかるだろうと云う事です。

1日でも早く帰りたい、と言う二親には今もって言ってません。

何かのタイミングで言おうとは思ってますけどね。

で、次の写真は私が東京へ帰る時に見送りに出て来た、

いや、見送りに出かけた副庵主の様子です、が、この日も

やっぱり暑かったんですけど、案の定 日差しを見るなり

玄関を出る足が止まったようです
画像


 毎日お散歩もして、毛づくろい

も毎日してやったんだから、しっかり出てきて見送りしろよ、って

言いたかったんですけど、家の中大好きっ子なので、「じゃーね、

お利口でいるんだよ」と言って来ました。



 今 このブログを書いてる時間に、通いなれた地元の病院の事を

やっていますが、避難した人 しなかった人、帰って来た人、帰れない人、

それぞれの立場でした判断と悩みや苦しみを尊重したいものです。






























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この記事へのコメント

リョウパパ
2011年09月11日 20:59
先生、お久しぶりです。
この前のPCの件、調べたけどイマイチ解りませんでした。
お役に立てずすみません。
今月よりまた避難先が変わり、引っ越し準備で慌ただしいです。
まだまだ、単身赴任の生活が続きます。
いつになったら生まれ故郷に帰れることやら。
最近、痛感した事なんですけど字を書くことが大切だと思いました。
会社にてホワイトボードに記載している時、簡単な漢字さえ出てこず、恥ずかしい思いをしました。パソコンなら変換さえすれば一発になのに。
文明の力を頼り過ぎも善し悪しですね。

まだまだ暑い日が続くと思いますので、先生もおからだに注意してお過ごしください。
それではまたお邪魔します。

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